やました じょう

やました じょう
1986年生まれ。長崎大学経済学部卒業。大学卒業後、富士フイルム株式会社に就職。入社から3年で、取引先における自社製品の販売シェアをトップシェアまで押し上げる。その後、中国/上海財経大学に1年間の語学留学を経て、同社中国法人(上海)に出向。語学力を生かし、成長著しい中国で同社ビジネスの拡大に貢献。2018年に日本に帰国したが、世界が注目する中国最大の経済都市で、仕事を通して様々な国の人と繋がり、人脈を広げ、多様な価値観に出会ったことで、「自分が本当にやりたいことは、家業を拡大して、故郷を盛り上げること」だと再認識する。2019年に同社を退職し獅子島にUターン、現在は家業の四代目として漁の腕を磨きながら、「島のごちそう」の代表として事業拡大と地域創生に力を注ぐ。

 「島のごちそう」は、鹿児島県最北端の島「獅子島」を拠点に、水産加工品の販売や漁師のおもてなし料理の提供、漁業体験など獅子島の主要産業である漁業を柱にしたサービスを展開しております。
 そのルーツは大正8年、初代・山下義人が手漕ぎ舟で始めた追い込み漁です。そして、3代目となる私の父・山下英輝が吾智網漁を本格的に導入、更にあおさのりの養殖を取り入れ、漁業の規模を拡大してきました。そして、2012年に本事業の母体となる水産加工グループを立ち上げました。その後、2019年より私が本事業を継承、加工品製造・販売事業を本格化、更にツーリズム事業を立ち上げて参りました。

故郷・獅子島を盛り上げたい

 私は2019年まで、ビジネスマンとして海外を渡り歩いてきましたが、お盆やお正月に帰省する度に、漁師を引退し港で海を眺める近所のおじさんたち、年々漁船が減り閑散としていく漁港を目の当たりにしながら、「代々続く家業を無くしたくない」、「なんとかして、自分が生まれ育った獅子島を盛り上げたい」、「私の経験やスキル、情熱を注ぎこんで地元を元気にしたい」と考えるようになりました。そして約6年の海外でのビジネス経験、築き上げた多岐にわたる人脈がその思いを後押しして、2019年に会社を退職し地元獅子島にUターンしてきました。前職の経験を活かして、「島のごちそう」を日本全国に、世界中にPRしていきたいと考えています。  「島だから不便だ・・・」「島は何もないから・・・」とよく耳にしますが、私は「島は何もないから何でも挑戦できる」と捉えています。豊かな自然、助け合う人と人の繋がり、ゆったりとした時間の流れ、そのすべてが島ならでは宝であり、人が本能的に求めるものではないかと考えています。島のありのままの姿を客観的な視点で捉え、その魅力をプロモーションしていくことが重要だと考えています。

地元の想いをしっかり伝えたい  〜島民とお客様の懸け橋に〜

 “漁師は断固だ”と感じたことはありませんか?私も初めはそう感じていましたが、父と接していく中でそれは誤解だと気付きました。長年自然を相手に仕事をする中で、マニュアル化・データベース化できないことが多々あり、そこを補う「感覚」が培われてきました。そして、その感覚に対して熱い想いと強い拘りを持っていて、その感覚の正当性を裏付ける結果・経験を作ってきました。ただ、その拘りばかりが先行して、熱い想いを上手く言葉で表現できていないのだと気付きました。  我々が作る商品・サービスについても、この「想い」「拘り」を大切にしていきたいと思っています。そしてその「思い」「拘り」を、お客様に抜けもれなく、正確に、わかりやすくお伝えしていきたいと思っています。その手段の一つがすべて手作業による料理・加工品の製造です。海に出た漁師の安全と大漁を思うように、商品・サービスをご購入いただいたお客様のことを思い、一つ一つ丁寧に仕上げてお客様にお届け致します。
 「ごちそう」は、島の豊かな自然、新鮮な魚、人の温もりなど島の色んなものを指します。そんな島のごちそうを皆さんにお届けして、一度足を運んでいただきたい、島を元気にしたいとの思いが込められています。

「島のごちそう」に対する皆様の温かいご支援の程、何卒宜しくお願い致します。

島のごちそう一家 山下家1 島のごちそう一家 山下家2 島のごちそう・獅子島

島のごちそう・獅子島へのアクセス

獅子島へのアクセスマップ
長島から
フェリー海竜

〈不定期運航〉

水俣から
旅客船ししじま

〈車輌の積載はできません〉

フェリーロザリオ 時刻表
フェリー海竜 時刻表
旅客船ししじま 時刻表